第1部門:植物ゲノム機能科学
植物機能や植物成分の生産の基盤である「植物ゲノム機能の多様性と普遍性」を解明します。特に、薬用資源植物や有用植物のゲノム配列解析、トランスクリプトーム解析、メタボローム解析を行い、有用成分生合成のゲノム基盤を解明します。それらを、有用成分の生合成エンジニアリング、優良品種の育種や生産に応用し、バイオインフォマティクスと実験科学の先端的融合も目指します。
統合ゲノミクスの基盤の構築
植物のゲノム、トランスクリプトーム、メタボロームを統合して、ゲノム遺伝子機能を網羅的に推定あるいは同定する研究基盤を構築します。オミックス科学とバイオインフォマティクスの連携の先端的融合を大きな柱とし、シロイヌナズナなどのモデル植物によって基本的な研究パイプラインを構築し、薬用植物などの有用植物に展開します。バイオインフォマティクスによる新しい漢方処方の提案など、植物科学と医療を最新テクノロジーで結びつける全く新しい分野の創出につながると期待されます。
甘草を中心とする重要薬用資源植物の統合ゲノム研究
甘草はその安定供給が危惧される最も重要な生薬の代表であり、そのゲノム機能科学研究は天然薬用資源学において最も重要な課題の1つです。そこで、甘草について成分パターンの異なる複数の品種についてそれらのドラフトゲノム配列を決定し、ゲノムワイドアソシエーション解析(GWAS)によって、成分パターンなどの重要形質を決定しているゲノム領域や遺伝子を同定します。さらに、甘草以外の重要な薬用資源植物(シナニッケイ、クララ、ホオズキなど)についても、ドラフトゲノム配列を決定してトランスクリプトーム、メタボロームデータと統合し薬用成分の生産に関与しているゲノム領域や遺伝子を同定します。これらにより、今後ますます重要性が増加する薬用資源植物の統合ゲノミクスの基礎研究基盤を提供していきます。
植物二次代謝経路のゲノム進化と生合成デザイン
植物の二次代謝はそのゲノムにおいて進化的な淘汰圧のなかで特異的な生合成経路を進化させてきました。この天然物生合成系のゲノム進化は、まさに複雑な化学構造を有する天然化合物を人工的に生産するシステム構築の理想的なモデルです。本研究では植物アルカロイドなどの二次代謝産物の生合成と自己耐性機構の共進化を遺伝子クラスターの構成も含めてゲノムレベルで解明し、人為的な生合成システム構築に展開します。具体的には、DNAトポイソメラーゼI阻害活性を有し抗癌薬として臨床的に用いられているカンプトテシンや、神経毒として昆虫忌避作用を有するキノリチジンアルカロイドの生合成系のゲノム進化の解明し、その知見を新規なゲノム編集および合成生物学的な生合成デザインに展開応用することに焦点を絞ります。特に、真核細胞において倍数体遺伝子の標的DNA配列を改変できるCRISPR/Cas9などのゲノム編集技術も取り入れて、進化に学んだ生合成系ゲノムを最適化していきます。
第2部門:植物成分化学
健康機能や有用性を担う植物由来の「植物化学成分とその生物機能の多様性と普遍性」を解明します。特に、植物由来の新規化合物の発見と変換、合成、それらの医薬品、研究試薬、健康機能食品などへの開発応用に展開します。
薬用植物の有効成分の同定、新規生物活性物質の探索と創薬研究への展開
薬用資源植物に含有される有用な生物活性を持つ分子種の探索と構造活性相関、効率的供給法の確立を通して、がん、認知症、疼痛などの治療薬創製に向けた新規医薬品開発候補化合物の創出と健康機能食品などの開発応用研究を展開します。リコポジウム属植物はアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を持つ化学成分を含有することから、アルツハイマー病などに有効であるとされサプリメントとして販売されています。しかし、リコポジウム属植物は生育が遅く有効性分であるHuperzine Aの化学合成による供給は実効性がありません。そこで、本植物ならびに有効成分の大量供給を目的に、各種改変異種細胞・植物体の作成とその成分検索により、新規有用活性物質および有用成分を効率的に生産する植物体の取得を行うことで、認知症改善薬開発のための創薬研究と健康機能食品開発への応用につなげます。また、抗がん活性物質のカンプトテシン(第1班の研究内容を参照)を含有する各種Ophiorrhiza属植物の新規化合物の取得を目指した成分探索を行うことで、カンプトテシン類の生合成経路の解明と本重要分子の多様性と普遍性を探ります。また、痛覚、記憶、炎症性腸炎などに関わる受容体リガンド(アンタゴニスト、アゴニスト)を植物成分から見いだし、これらを素材とした創薬研究を実施します。
がんの進展と再発を制御する植物化学成分由来小分子の探索と創製
がんはごく少数の自己複製能と多分化能をもつ細胞(がん幹細胞)を頂点とする階層からなる不均一な細胞集団であり、この不均一性が治療抵抗性や再発の重要な要因となると認識されてきています。このようながんの進展と再発の制御に必須な細胞内シグナルとして、ウィント(Wnt)、ヘッジホッグ(Hh)、およびノッチ(Notch)シグナルが、またエピジェネティク制御で働く分子としてポリコーム群タンパク質Bmi1が知られています。本研究では、これら細胞内シグナルおよび細胞内分子を標的として、有用な植物化学成分を探索、発見します。このような低分子化合物は、がんの進展と再発を制御する細胞システムに関わる基礎研究およびそれと密接に関連する創薬・生命科学研究に大きく貢献すると期待されます。とくに本研究では当研究室で独自に構築した植物抽出エキスライブラリーをスクリーニングに活用することを特徴としています。さらに単離した化合物を基盤にして、合成化学を用いて誘導体合成へと展開し、より強い生物活性を有する植物化学成分由来小分子の創製を目指します。
再生プロセスを加速する植物化学成分由来小分子の探索と創製
ES細胞やiPS細胞から導いた組織幹細胞の病巣への移植は、再生医療の大きな柱である。移植後の再生加速のために必要な二大要素は、組織幹細胞の増殖加速と分化誘導加速です。本研究では「再生プロセスを加速する化合物」を植物化学成分を基盤として創製します。組織幹細胞を制御するWnt、Hh、NotchシグナルおよびbHLH転写因子に着目し、それぞれのキープレイヤーである鍵タンパク質ビーズを作成し、「標的タンパク質指向型天然物単離」を用いて研究室独自の植物抽出ライブラリーから鍵タンパク質に結合する天然物を単離します。さらにそれらの生物活性を評価し、誘導体合成などの有機合成的展開を行い、再生医療のための医薬リード創出を目指します。
第3部門:植物環境応答
遺伝子発現および植物成分生産に大きく係わる「環境パラメーター植物分子(ゲノム、成分)との相互作用」を解明します。特に、光、温湿度、ガス、養水分などの環境因子および環境ストレスがどのようにゲノム遺伝子発現、有用植物成分の生合成に影響するかを解明し、有用成分を高生産・蓄積させるための最適な環境条件を構築します。これらを植物機能の開発、向上や成分の生産に応用していきます。
高度環境制御下における植物の環境応答解析
植物は外的ストレスによるダメージを少なくするために、内在性抗ストレス物質を産出し、生体を防御するという、高度に進化したシステムを獲得しています。植物性二次代謝物質は、この生体防御機能を担う分子であり、多くの医薬品シーズがここからヒントを得ています。しかし薬用成分毎に生合成と生育環境の関係を定量的に示す取り組みはなされておらず、植物成長と有用成分、その遺伝子発現についての知見を得ることは重要です。そこで、植物工場のような、空気組成・温湿度・光などが高度に制御できる環境で、有用植物に様々な環境ストレスを与えて、植物の環境応答の変化を観測します。環境応答の解析には、定量可能な指標(成長量、葉面積、クロロフィル量、光合成活性、一次・二次代謝産物含有量など)を用います。ゲノムレベルでは、自然の気象環境では存在しないような特殊な環境(例えば光の強度勾配、限定波長域、連続照射など)を人工的に創出し、モデル植物シロイヌナズナや遺伝子組換え植物等(例えば、有用成分の生合成に関わる遺伝子を導入したものなど)のゲノムおよびゲノム遺伝子発現に、これらの環境がどのような影響を与えるのか解明します。さらに国内における栽培生産化の優先順位が高い生薬のうち、第1研究班が近年、シソのトランスクリプトーム解析を終え,遺伝子・代謝・形質と総合的に解析できる材料と見込まれることから、シソ(生薬名:ソヨウ)の環境応答を解析します。これらの知見を、甘草、薬用人参、芍薬などの重要な薬用資源植物に展開し、国内の栽培技術開発を促進させます。特に顕著な環境応答を示す植物体(例えば、環境条件に応じて葉の形状変化や二次代謝産物量の増減が現れるなど)が発掘できた場合には、その遺伝子発現を解析し、生合成に関わるゲノム情報の解明に役立てていきます。
薬用シーズ植物の供給維持と適合環境の探索
有用な生理活性物質を持つ植物の中には、植物資源の入手供給ルートが限られるために、科学的解明が遅れているものが多くあります。これら希少植物のバイオマス供給量を増やすべく、より生育に適合した環境の提案を行います。熱帯・亜熱帯性植物の薬用ショウガ、ツボクサ(記憶力改善トリテルペン)、チャボイナモリ(抗腫瘍性アルカロイド)、高山植物の三七人参、カンゾウなどの海外原産の植物を中心に、化学成分の更なる科学的解明が待たれる植物に関して、学術研究用資源の確保および優良系統の選抜を行っていきます。