研究内容
1. リンパ球体内動態と獲得免疫における糖鎖機能の解明
(1) 糖鎖合成酵素欠損マウスを用いた解析
(2) 新規抗糖鎖抗体を用いた解析
2. スギ花粉アレルゲンの糖鎖修飾に着目した新規花粉症治療法の開発
3. 糖鎖合成酵素欠損マウスを用いた大腸炎発症メカニズムの解明
4. 細菌感染と感染宿主応答の分子機構の解明
5. 抗菌薬耐性メカニズムの解明
(1) 糖鎖合成酵素欠損マウスを用いた解析
これまでに私たちの研究グループでは、硫酸基転移酵素遺伝子欠損マウスを作製し、丈の高い内皮細胞を持つ特殊な血管である高内皮細静脈 (high endothelial venule; HEV)に発現する特殊な硫酸化糖鎖が、リンパ球ホーミングと獲得免疫応答に必須の機能を果たすことを証明しました (Kawashima et al., Nat. Immunol., 2005)。また最近では、HEV特異的ヘパラン硫酸コンディショナルノックアウトマウスの樹立に成功し、ヘパラン硫酸がHEV上でケモカインを提示し、リンパ球ホーミングを促進する働きを持つことを明らかにしています(Tsuboi et al., J. Immunol., 2013)。現在私たちは、様々な糖鎖合成酵素遺伝子欠損マウスを用いて、リンパ球ホーミングおよび獲得免疫に関与する糖鎖の詳細な機能解析を進めています。これらの研究の成果は、糖鎖の機能阻害に基づくリンパ球体内動態と獲得免疫応答の制御法の開発につながることが期待されます。
(2) 新規抗糖鎖抗体を用いた解析
糖鎖は、分化・発生、免疫、癌化、タンパク質品質管理などにおいて様々な役割を果たし、近年、第三の生命鎖として注目されています。糖鎖の機能解明には、生体において、いつ・どこで・どのような糖鎖が発現するのかを明らかにすることが大切です。そのためには、特定の糖鎖に特異的な抗糖鎖抗体は極めて有用なツールとなりますが、その作製はとても困難です。このような状況のもと、私たちは新しい抗糖鎖抗体作製法を開発し、特異性の高い抗硫酸化糖鎖抗体を樹立することに成功しました(Hirakawa et al., J. Biol. Chem., 2010; Liu et al., Sci. Rep., 2023)。現在、同方法論を用いて様々な糖鎖に対する特異抗体を樹立するとともに、それらの抗体を用いてリンパ球体内動態と獲得免疫応答を人為的に制御する方法論の確立を進めています。また、それらの抗糖鎖抗体を用いて病態バイオマーカーの検出やドラッグデリバリー等の医療分野への応用を目指した研究を行っています。
現在、日本人の約25%が花粉症に罹患していると推定されています。特にスギ花粉症は日本で最も多い花粉症であり、その主要アレルゲンは糖タンパク質Cry j 1です。私たちは、Cry j 1がルイスa糖鎖と呼ばれるフコースを含有するユニークな糖鎖の修飾を受ける点に着目し、この糖鎖のCry j 1の免疫原性におよぼす影響を解明するとともに、糖鎖改変型Cry j 1による免疫寛容の誘導効果を検討し、花粉症治療薬の開発につながる分子基盤の確立を目指した研究を行っています。
大腸粘膜は無数の常在菌や異種抗原、さらには病原性微生物に日々さらされています。この粘膜面では、粘液層を形成する大腸ムチンが粘膜バリアとして重要な役割を果たすことが知られています。しかし、その糖鎖部分の役割には不明な点が多く残されています。私たちは、硫酸基転移酵素GlcNAc6ST-2が大腸上皮細胞に強く発現し、大腸ムチンの糖鎖部分の硫酸化を介して大腸炎の発症を防御する働きをすることを報告してきました(Tobisawa et al., J. Biol. Chem., 2010; Abo et al., JCI Insight, 2023)。現在、大腸炎が増悪化するGlcNAc6ST-2ノックアウトマウスを用いて、大腸炎発症の分子メカニズムの解析を行っています。
細菌感染症は今日なお、我々の健康を脅かす大きな要因となっています。しかしながら、多くの細菌の病原性発揮の分子機構はいまだ謎に包まれています。サルモネラ感染症は、重篤な全身感染症のチフス症から軽微な腸炎まで多岐にわたります。サルモネラの持つ主要な病原戦略は、マクロファージ等の食細胞内殺菌機構をエスケープして増殖する細胞内寄生性です。サルモネラは、マクロファージに貪食された後、ファゴソームをSCV (Salmonella containing vacuole)と呼ばれる特有のオルガネラに成熟させてリソソームとの融合を阻害し、SCV内で増殖すると考えられていますが、その分子機構は充分には解明されていません。そこで私たちは、サルモネラの病原因子と宿主高次機能の相互作用の研究を通して、サルモネラの細胞内寄生の分子機構を解明しようとしています。また、独自に構築した様々な変異体の感染モデルを使って、宿主免疫応答機構についても解明しようとしています。
抗菌剤は細菌感染症治療の根幹をなすものであり、抗菌剤なしに現代の医療を考えることはできません。しかしながら、有効な抗菌剤が多数開発された今日でも、感染症が完全に克服されたわけではありません。薬の繁用に伴って急増した耐性菌は、新しい病気の出現に匹敵するほど深刻な問題となっています。私たちの研究室では、臨床で分離された薬剤高度耐性菌の耐性メカニズムを解明して、耐性菌にうち勝つ新しい抗菌剤開発の理論を導き出すことを目指しています。
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