千葉大学

医薬品開発における成功確率は低く、莫大な費用や長い時間がかかると言われています。当研究室では、計算科学と有機化学、生化学を融合させて、論理的に効率良く、薬物を創出することに挑戦しています。抗体医薬などにも取り組んでおり、アカデミア創薬の成功事例の一つとなることを目標に日々の研究に励んでいます。理論創薬研究室では、特に「がん領域」と「感染症領域」の薬物開発に注力しています。

1. 疾患関連タンパク質の分子構造の解析

薬物の開発には、病気の原因となるタンパク質の機能を明らかにすることが不可欠です。当研究室では、X線結晶構造解析、クライオ電子顕微鏡を用いた構造解析によって、タンパク質の構造を明らかにします。さらに、分子動力学的シミュレーションや等温滴定熱測定(ITC)などの技術を用いて、タンパク質がどのように機能するのかを解析し、疾患メカニズムの解明へと繋げます。計算解析より、ヒト免疫不全ウイルスHIV-1の薬剤耐性や、細胞のがん化と関連のあるRasタンパク質におけるMg2+イオンの働き、アミロイドβの細胞膜への吸着1,2などを明らかにしてきました。タンパク質の構造解析には、良質なタンパク質結晶の取得が不可欠です。当研究室では計算科学と生化学を活用し、理論に基づいた高品質な結晶を取得する技術3,4,5の開発に取り組んでいます。

[1] Hoshino, T. et al. J. Phys. Chem. B, 2013, 117 (27), 8085–8094

[2] Vahed, M. et al. J. Phys. Chem. B, 2018, 122 (14), 3771–3781

[3] Kitahara, M. et al. Cryst. Growth Des. 2019, 19 (11), 6004–6010

[4] Guo, Y. et al. Cryst. Growth Des. 2021, 21 (1), 297–305

[5] Guo, Y. et al. J. Chem. Inf. Model. 2021, 61 (9), 4571–4581


2. 計算科学を活用した候補分子の創出

薬物の開発段階では、スクリーニング試験によって見出したヒット化合物の構造を改変し、より活性の強いリード化合物を探索します。当研究室では、化合物の設計・有機合成・活性評価・構造解析の一連のサイクルを自分たちで行っています。さらに、探索を効率化するためのソフトウェアも独自に開発し、薬物開発の融合研究に活用しています。近年、注目を集めているのが抗体医薬品です。抗体医薬品は従来の低分子医薬品と比べ、標的タンパク質のみに作用し、副作用も少ないため、治療満足度の高い薬剤と言われています。当研究室では、これまでに蓄積された計算科学の技術、タンパク質の発現精製のノウハウを最大限に活用し、抗体分子の開発6,7に取り組んでいます。

[6] Hoshino, T. et al. Asia-Pac. BioTech News. 2016, 20, 32–34

[7] Qiao, X. et al. J. Phys. Chem. B 2021, 125 (41), 11374–11385


3. 創薬支援ソフトウェアの開発

創薬を効率化するため、当研究室ではこれまでに、リガンドとタンパク質の結合様式を予測するHydrophobeとOrientationの2つのソフトウェア8,9を開発しました。Orientationプログラムは、抗体と抗原の結合親和性を解析する研究10でも成果を挙げています。さらに現在は、機械学習によりタンパク質-タンパク質相互作用(PPI)を予測するプログラムの開発を進めています。

[8] Fuji, H. et al. e-J. Surf. Sci. Nanotech. 2008, 6, 241–245

[9] Fuji, H. et al. Chem. Pharm. Bull. 2017, 65 (5), 461–468

[10] Qu, L. et al. J. Chem. Inf. Model. 2021, 61 (5), 2396–2406


4. 希少がん治療薬の創製

がんは長年日本人の死因第一位を占めているだけでなく、生活水準の向上した発展途上国でも発症が増えており、より実用的な抗がん薬の創出が世界的に必要となっています。しかし、従来の抗がん薬は正常な細胞も攻撃して重篤な副作用を発現させてしまうため、がん細胞の発生原因に合わせた分子標的薬の開発が望まれます。とりわけ希少がんと呼ばれる患者数の少ないがんは、分子標的治療の導入が遅れています。当研究室では、脳腫瘍や神経芽腫(小児がん)などの希少がんに対する治療薬の開発11, 12を進めるほか、がんの早期発見につながるバイオマーカーの開発13も行っています。

[11] Nakamura, Y. et al. Cancer Med. 2014, 3 (1), 25-35

[12] Ailiken, G. et al. Oncogenesis 2020, 9, 26

[13] Kobayashi, S. et al. Cancer Sci. 2021, 7 (4), 826-837


5. 感染症治療薬の創製 (薬剤耐性菌阻害剤 / 抗ウイルス薬)

現在までに様々な抗菌薬や抗ウイルス薬が開発されていますが、細菌やウイルスはそれら薬剤への耐性を獲得するため、継続して新薬を創出する必要があります。当研究室では、薬剤耐性菌の阻害薬物14や抗インフルエンザウイルス薬物15-17、抗HIV-1薬物18-20の開発に加え、SARS-CoV-2治療薬物の開発に取り組んでいます。

[14] Kamo, T. et al. Chem. Pharm. Bull. 2021, 69 (12), 1179–1183

[15] Yanagita, H. et al. ACS Chem. Biol. 2012, 7 (3), 552-562

[16] Fudo, S. et al. Bioorg. Med. Chem. 2015, 23 (17), 5466–5475

[17] Fudo, S. et al. Biochemistry 2016, 55 (18), 2646–2660

[18] Fuji, H. et al. J. Med. Chem. 2009, 52 (5), 1380-1387

[19] Yanagita, H. et al. Bioorg. Med. Chem. 2011, 19 (2), 816-825

[20] Yanagita, H. et al. Chem. Pharm. Bull. 2012, 60 (6), 764-771