「臨床薬理学研究室」は前任教授の樋坂章博先生が2014年にご就任後、2015年4月に改名して誕生しました。それまでの上野光一教授(2001~2014)の「高齢者薬剤学研究室」あるいはその前身である矢野眞吾教授(1997~2007)の「薬物治療学研究室」の歴史を引き継いでいます。臨床薬理学研究室の英語名は「Clinical Pharmacology and Pharmacometrics」です。Pharmacometricsは計量薬物学と訳されることもありますが、今後の医療の向上の鍵を握る「モデリングとシミュレーション」を積極的に進め、それを研究室の伝統である治療学への貢献に生かそうとの意図が込められています。サイエンスとして基礎研究を重視するのは勿論ですが、新薬開発や承認プロセスの具体的な進歩にも積極的に貢献しようとします。名称に「臨床」との修飾句が加えられている理由は、ヒトでの疾患進行・治療効果を常に強く意識するという意味です。
「「モデリング」は本研究室の重要なキーワードの一つであり、この分野で常に最先端を走り続けます。ここで「モデリング」とは、薬理学、薬物動態学、疾病学領域の科学的仮説の数理的表現を指します。臨床薬理学研究室の「モデリング」研究の半分程度は薬物動態学を基盤としています。特に薬効や薬物動態の個人差の原因になりやすい「薬物の吸収のプロセス」、それから多様な可能性があるために系統的なマネージメントが必要な「薬物相互作用」について、精力的に研究を行なっています。「モデリング」研究の残りの半分は薬理作用・薬効・疾患進行を解析するものです。細胞実験、動物実験を基盤とした定量システム薬理学(QSP)的アプローチの研究では、脳腫瘍と周辺アストロサイトを中心とする常在細胞との細胞間相互作用のウェット実験を現在積極的に進めており、その解析の基盤にQSP的アプローチを使っています。一方で、臨床試験データなどのリアルワールドデータ(RWD)を基盤とした先進的解析を進めています。多数の臨床研究の情報を統合する解析をメタアナリシスと呼びますが、その中で、特にモデルに基づいて行う解析方法を「モデル基盤のメタアナリシス(MBMA: model-based meta-analysis)」と呼び、比較的最近注目されている方法です。またRWDの解析では機械学習や研究室で独自に開発した新しい技術による個別患者情報の解析を積極的に行なっています。 このように臨床薬理学研究室は、生理学的薬物速度論、Omics解析やパスウェイ解析、MBMA、母集団解析と機械学習が日常的に飛び交う、「モデリング」にとって類まれな情報と技術と情報の出会いの場となっています。
優れた薬剤師を育成し医療に貢献することは、薬学部の重要な社会的使命です。特に6年制に移行し、これまでの化合物としての薬を管理する役割のみではなく、薬の情報に責任を持ち、チーム医療の中で病棟や在宅でも活躍する薬剤師が求められています。臨床薬理学研究室は講義や実習を通じてそのような教育を進めることに加え、その基盤として新薬が創生・開発されて承認される過程、さらに医療現場で選択され使われる過程が具体的に理解できる薬剤師、薬学専門家を育成します。臨床薬理学研究室は千葉大学薬学部において薬剤師の卒後教育については特別な責任を担っており、年間数回の研修会を教室として主催してきました。この研修会は上野先生の時代から20年以上継続し120回以上を数え、参加人数はのべ1万人に及びます。
2018年に厚生労働省より発表された「医薬品開発と適正な情報提供のための薬物相互作用ガイドライン」の策定には、前教授の樋坂章博先生がコアメンバーとして長く参加しました。そのほかにもこれまでに、母集団薬物速度論ガイドライン、現在進行中の生理学的薬物速度論ガイドラインの策定などに関わっており、新薬開発と承認のプロセスの改善を具体的に協力してきました。薬物相互作用のマネジメントは臨床開発においても実臨床においてもリアルタイムに直面する課題であり、本研究室では継続研究を推進しつつ、活動の一部は日本医療薬学会の学術小委員会へ引き継がれています。また、加齢や人種が薬物動態に与える影響を定量的に見積もるための研究も進めてきました。最近では男女の性が薬物動態や薬効・副作用といった応答性に与える影響ついても対象を拡張し、前々教授の上野光一先生が取り組まれた薬学的な性差医学研究を新たな視点で推進中です。総じて発展的な個別化医療の実現に貢献できるよう尽力しております。こうした視点が、臨床薬理学研究室の研究と教育に生かされるものと信じています。