研究概要
薬品物理化学研究室では、生物無機化学的な実験手法ならびに分子軌道法分子動力学法に代表される計算科学の方法を用いて、生物物理学に関連する研究を行っています。
生物無機化学
生体はたんぱく質や核酸などを生命活動に利用している。金属元素は生体にとって必須微量成分のひとつであり、鉄、銅、亜鉛、コバルトなどは生命活動や健康と密接な役割をもつことが知られています。生体内の金属イオンはたんぱく質、ペプチドなどと結合して錯体とよばれる物質を形成しています。生命活動における金属イオンの役割は認識されているものの、その作用機構は不明な点が多く残されています。生体内の金属錯体である金属含有たんぱく質がどのようにして活性発現するかを研究する化学は生物無機化学とよばれ、この20年あまりで急速に発展してきた学問分野です。
薬品物理化学研究室では金属イオンを一般の薬剤分子と同様に、生体情報の発信源ととらえて生物無機化学的な研究を進めています。とりわけ、ヘムたんぱく質の代表例であるヘモグロビンやミオグロビンなどに含まれる鉄原子の生理機能の役割について、物理化学的な立場から研究しています。ヘムたんぱく質の鉄原子はポルフィリンとよばれる巨大芳香族環に結合して、鉄ポルフィリンとしてたんぱく質に結合しています。たんぱく質内部に組み込まれた鉄ポルフィリン周辺の分子構造により多様に変化します。ポルフィリン構造を改変することにより、今までにはなかった機能と構造をヘムたんぱく質に導入できるようになります。人工酸素運搬分子や薬物代謝分子の創出をめざして、様々なアプローチを試みています。
生命現象の原子レベルの理解ならびに計算科学の創薬への応用
生命体はその器官・組織を、生命維持のため合目的的に統合する情報伝達を絶えず行っていますが、情報伝達を物質分子で行う点が、生命体の特徴です。これは生体内情報伝達が物質(分子)間相互作用と化学反応の連鎖によって行われているためです。そこで生物体の情報伝達の機能を司るいくつかの機能性蛋白質について、その作用機構を原子レベルで明らかにする研究を進めています。
病気は人体の持つ生命維持のための化学反応連鎖が正常に働かないために起こると考えられます。病原微生物の体内での増殖により惹き起こされる、機能不全はその代表的な例です。病原菌の増殖や自己防衛機能の解明、ならびに生体の生命活動を司る機能の解析は、生命維持のための化学反応連鎖の制御によってその作用を発現する医薬の分子設計とその開発に応用できます。
創薬を目指す上で、分子設計された薬物を有機合成すること、合成された化合物について生化学実験により薬理活性を測定することも必要になります。当研究室では、薬物設計、化合物合成、生化学実験を通じて、医薬品化合物の開発を行っています。
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各個別テーマ
- 非平面性ポルフィセンの合成と電子スピン状態の解析
生体系にはさまざまな電子スピン状態を持つヘムが存在します。酸化型ヘムたんぱく質では、今まで高スピン状態(S=5/2)や低スピン状態(S= 1/2)が詳しく述べられてきましたが、中間スピン状態の研究は遅れています。しかし、中間スピン(S=3/2)を示すシトクロームCや混合スピン(S=5/2,3/2)を示す西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)の例があります。これらの性質を調べるためには同様のスピン状態を示すモデル錯体を合成する必要があります。本研究ではフェニル基等のかさ高い置換基を導入して、金属キャビティの小さい、すなわち中間スピン、混合スピンを示しやすいコルフィセンの合成に日々取り組んでいます。 |
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- コルフィセンの合成と化学修飾
コルフィセンとは新規のポルフィリン異性体です。これまでにヘムタンパクへの水溶性のコルフィセン鉄錯体の応用について報告はありません。私たちは水溶液中でMbにコルフィセンを組み込むために酸性官能基の導入に取り組んでいます。また、そのMbの機能分析をする予定です。 |
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- カルボン酸基またはニトロ基が結合したモノフェニルポルフィリンの変化
ミオグロビンに存在するプロトポルフィリンIXの構造を参考にし、カルボキシル基またはニトロ基をもつモノフェニルポルフィリンを合成し、鉄とのコンプレックスであるヘムをアポミオグロビンに結合させ、生物無機化学的変化を評価します。 |
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- 硫黄原子をもつポルフィリン異性体の合成と物理化学的特性解析
近年、ポルフィリン誘導体を人工補欠分子とした再構成ヘムたんぱく質の新機能、新物性を開拓する研究が報告されています。本研究では、ポルフィリンの窒素原子の1つを硫黄原子で置換した異性体を合成し、金属錯体としての性質と補欠分子としての機能という2つの側面から特性解明を行うことを目的としています。 |
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- ヘムたんぱく質解析のための13C標識ポルフィリンの合成
ヘムたんぱく質を1HーNMRで測定すると、感度が低く解析できない。そこで、13Cを有するポルフィリンをミオグロビンに導入することで、ヘムたんぱく質の解析を可能にすることを目指す。本研究では、まず13Cを有する人口ポルフィリンの合成を行っている。 |
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- 計算理論ならびに計算技術の開発
創薬においては、1. 標的タンパク質に作用し得る活性化合物(ヒット化合物)をスクリーニングによって見出し、2. ヒット化合物を改変して、より活性の強い化合物(リード化合物)を導き出す必要がある。当研究室では、ヒット化合物の取得やリード化合物の導出を支援するための独自ソフトウェアや計算アルゴリズムの開発を行っている。
- ドッキングソフトとは薬物と候補となる化合物と、病気の原因となるタンパク質がどのようなポーズ、またはどのような強さで結合するかを予測するソフトウェアである。市販のドッキングソフトは、ポーズに関しては相当の予測が可能であるが、結合強度の予測に関しては、未だ不十分である。本研究では結合強度の予測に関して、超並列計算に優れたGPUを用いてさらなる精密計算を行うことによって向上を図っている。
- タンパク質の一次構造であるアミノ酸配列の情報から、三次構造である立体構造を分子動力学計算を用いて予測することで、立体構造が未知なンパク質の構造を予測する技術を開発している。
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- 抗ウイルス薬の開発
コンピューター計算技術によって設計された化合物の有機合成を行っている。反応、解析、条件検討を繰り返していき、実際に出来上がった化合物は、生化実験へと回され、活性評価が行われている。
- HIV-1プロテアーゼに関して、薬剤耐性の機構を計算機で解析し、この知見をもとに、薬剤耐性を有する変異ウイルスに強く作用する薬物の設計を行った。実際に設計した化合物の有機合成を進めている。またHIVは変異することで自身の構造を変化させ、既存の薬剤の効果を弱めてしまう。逆転写酵素の変異が構造へどのような影響を与えるか、分子動力学計算を用いて確認している。
- HIV-1の逆転写酵素の持つRNaseH酵素活性を抑制する薬物の創出を進めている。阻害活性を示すヒット化合物が生化学的スクリーニングにより得られた。これを受けて、ヒット化合物を改変した化合物を合成している。既に、ヒット化合物よりも活性の高い化合物も見出されている。また活性化合物と標的タンパク質との共結晶化によるX線構造解析も進めている。
- インフルエンザウイルスの表面に存在するヘマグルチニンを標的にした薬物を開発している。計算機によるスクリーニングで、既に、ヒット化合物を得ることに成功した。このヒット化合物を改変した化合物を有機合成している。
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- 抗体医薬の開発
全医薬品のうちバイオ製剤の占める割合は年々増加している。抗体医薬は、バイオ製剤の代表であり、特に副作用の少ない抗癌剤として、国内でも治療実績が伸びている。当研究室では、抗体医薬品を設計できる専用ソフトウェアを完成させた。これは抗体の抗原認識に立脚して、活性の低い抗体でも、計算機の中で成熟させて、より高い親和性と特異性を有する抗体へと自動的に改変できる技術である。
- 現在、計算機が算出した抗体が有効であることを検証するための、生化学実験を進めている。コンピューター上で、抗原との高い親和性を示す抗体を設計し、実際に大腸菌を用いて発現から熱力学的解析による親和性の測定までを行っている。この手順の信頼性を確立することで、抗体医薬品への応用を実現することができる。
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